TOMOKO OOSUKI

イラストレーター オオスキトモコのブログです。

世田谷区による著作権侵害事件から考える、地方自治体の知的財産権契約をめぐる問題

【2022/12/28 最終更新】

1・「世田谷区史編纂問題」を偶然知った

最近、偶然、Twitterで流れてきて、「世田谷区史編纂問題」の存在を知りました。
私は今は夫の転勤で、兵庫県神戸市に住んでいるのですが、2020年春まで東京都世田谷区に住んでいました。
元世田谷区民として、この問題に関心を持ちました。

かなりザックリ言うと、世田谷区が、世田谷区の歴史を冊子にまとめるにあたり、自分たちの杜撰な仕事をごまかすために、研究者や専門家に対して、著作権譲渡&著作者人格権不行使特約を強要しているという問題です。

togetter.com
これはどういう問題なのかを、簡単に説明します。

1・2017年、世田谷区が、世田谷区の歴史を「世田谷往古来今(おうこらいこん)」という小冊子にまとめた。しかし、一部の研究者の執筆部分が、校正指示に従っておらず、内容の改変もされていた。

kaken.nii.ac.jp
2・2019年、「世田谷デジタルミュージアム」に、「世田谷往古来今」などに掲載した資料や文章が無断転載されていることが発覚する。

www.sankei.com
3・今年(2022年)、世田谷区政90周年区史の編纂にあたり、区は、執筆者の方々に、著作権譲渡と、著作者人格権の不行使を求める方針であることがわかった。
しかも、区は今回「著作者人格権不行使を含む契約書にサインしない方には執筆させない」という姿勢だそう。

momono.info

2・安易に著作権譲渡&著作者人格権の不行使を提示される問題は、イラストレーターだけの問題ではなかったのかと驚いた

私の仕事である、イラストレーションの仕事でも、既存のメディア企業以外、IT企業等の契約書では、著作権譲渡・著作者人格権不行使が入った契約書が入ってくる事が増え、困惑しております。
しかも、そういう契約書を出してくる法務担当者は、著作権法への理解がなく、
かつ、そのことで、何が起きるのかを全く考えていないんです…

著作権著作者人格権については、こちらの記事に詳しいです。

petitmatch.hatenablog.com

こちらのまとめ

togetter.comを読んで、これはイラストレーターだけの問題ではなかったのかと、驚きました。

youtu.be

↑この動画も見ました。

世田谷区の職員の説明は、
著作権譲渡と著作者人格権不行使を一方的に執筆者に強要する」ということを言っているにすぎず、何の説明にもなっておらず、ひどいと思いました。

「読みやすい郷土史の読み物を作ること」「区が発行するものであること」は、
執筆者の著作権譲渡&著作者人格権不行使が必然となる理由の説明になっていないように思いました。
単純に「何でも自由に使えるようにしたいから」なのではないか
という印象を受け、それならその意志を伝え、そういう契約にすればいいのに…と思いました。

しかも今回の経緯(そもそもの区史が間違いだらけ、無断使用の前科アリ)からも、
著作物の扱い自体が、非常に粗雑に感じます。
ですので、本来的には、著作権譲渡契約どころでなく、利用許諾契約であっても使用範囲については明確にすべきであり、著作者人格権も行使できるようにしておくべきと考えます。
世田谷区職員は、単純に知識不足のように思いますが、それにしても極めて失礼であると思いました。

しかし桃野芳文議員は、出版社等での著作物契約実務を理解しておられるようで、そこは救いだと思いました。

著作権をよく知らない人のために解説:著作権譲渡&著作者人格権不行使の契約をするとどうなるのか

著作権譲渡というのは、この件の場合、世田谷区に対して執筆者の執筆物の経済的権利を全て譲り渡すということです。その後、執筆者が自分で自分の執筆物を使いたいと思っても、世田谷区の許可がなければ使えなくなります。

著作者人格権不行使というのは、この件の場合、世田谷区に対して著作者人格権を行使するなという契約です。著作者人格権には公表権・氏名表示権・同一性保持権があり、この場合、同一性保持権が使えなくなることが最大の問題で、執筆者が書いた文章を世田谷区が自由に書き換えることができるようになります。しかも氏名表示権を行使できないと、氏名表示なし、または世田谷区が自由に書き換えた文章を執筆者の名前で出すことが、契約上可能になってしまいます。

世田谷区史の執筆の仕事は、歴史の専門家や研究者がされているようですから、著作権譲渡をしたり、著作者人格権不行使特約を結んでしまうと、研究者や専門家にとっては、今後の研究・執筆活動に支障が出るように思います。

さらに、世田谷区には「前科」があり、以前のように間違いだらけの文章を執筆者の名前で公表した場合、執筆者の専門家・研究者としての信頼度が低下してしまいます。
このような場合、みなし著作者人格権である「名誉声望保持権」の侵害になるようにも思うので、さすがに著作者人格権の不行使特約自体が、公序良俗違反で無効になるような気もしますが…

↓ご参考

shibuyakakeru.com

著作権譲渡&著作者人格権不行使の契約をするとどうなるのか の実例が示された、著作権に詳しい弁護士・河野冬樹先生のツイート(2022/12/19追記)

今回の例でいうと、「著作権譲渡&著作者人格権不行使」の契約をしてしまうと、こういった「内容の大幅な書き換え」が、世田谷区によって行われることを承諾するという意味合いがあります。歴史の冊子なのに、そんな適当なことで良いんでしょうか?

3・独占禁止法違反の可能性があるのでは?(2022/12/27修正・追記)

ちなみに、著作権に限らず、本件のように知的財産権の譲渡を強要することは、
国が出しているガイドラインの中でも「独占禁止法・下請法上問題となる」と明記されていました。

フリーランスとして安心して働ける環境を
整備するためのガイドライン」(内閣官房公正取引委員会中小企業庁厚生労働省)が昨年出ていました。知的財産権の取り扱いにも言及がありました。

https://www.meti.go.jp/press/2020/03/20210326005/20210326005-1.pdf


P9、3 独占禁止法(優越的地位の濫用)・下請法上問題となる行為類型
「(6)役務の成果物に係る権利の一方的な取扱い」の部分で、
「(優越的地位の濫用として問題となり得る想定例)」として、

「取引に伴い、フリーランス著作権等の権利が発生・帰属する場合に、これらの権利が自己との取引の過程で得られたことを理由に、一方的に、作成の目的たる使用の範囲を超えて当該権利を自己に譲渡させること。」


とあります。

下請法適用外の企業であっても、不必要な著作権譲渡は、独占禁止法上で問題となり得るようでした。

【2022/12/27修正・追記】
元世田谷区民なのに、全く知らなかったのですが、この世田谷区史は、市販されているものだそうです。

www.city.setagaya.lg.jp

www.city.setagaya.lg.jp
地方自治体の案件は、基本的には下請法および独占禁止法の対象にはなりませんが、
「事業活動を行っている場合」には、独占禁止法の対象になります。

Q3 独占禁止法は,国や地方自治体にも適用されることがあるのですか。
A. 独占禁止法は,事業者又は事業者団体の行為を規制する法律です。したがって,国や地方自治体が事業活動を行っている場合には,独占禁止法上の事業者として規制対象となります。

www.jftc.go.jp

この「事業活動」というのは、具体的に何を指すのか?というのを公取委に確認したところ、

→水道事業など「採算性のある事業」を指す。
行政行為は「事業」ではない。「税金」ではない料金を得て自治体が対価を得るとき「事業」という。
行政行為として「調達」しているかどうか?「調達」したものは「事業」ではない。

という回答でした。
この「世田谷区史の販売」は、"「税金」ではない料金を得て自治体が対価を得るとき"に該当しているように思います。
となると、上記の独占禁止法違反(優越的地位の濫用)の事例にドンズバで該当するのでは…?

4・いま私が住んでいる神戸市では、「著作権譲渡なしにできる上書き書面」が存在するみたい

私がいま住んでいる神戸市での契約事例について調べてみたところ、神戸市では、なんと基本契約約款に、はじめから著作権譲渡と著作者人格権不行使が入っていました。

 

委託契約約款 (R3.4.1) - 神戸市 P3より引用

委託契約約款 (R3.4.1) - 神戸市 P3より引用

委託契約約款 (R3.4.1) - 神戸市
https://www.city.kobe.lg.jp/documents/49956/4_yakkann_1.pdf

 

しかし、案件によっては、この約款を上書きする書面等を使うなどして、著作権譲渡と著作者人格権不行使を回避できる場合もあるようです。

令和4年度神戸市WEBサイト「Kobe Creators Note」 記事制作・情報発信及び保守運用業務に係る委託契約書

令和4年度神戸市WEBサイト「Kobe Creators Note」 記事制作・情報発信及び保守運用業務に係る委託契約書(P1のみ)

参考:令和4年度神戸市WEBサイト「Kobe Creators Note」記事制作・情報発信及び保守運用業務の委託事業者の募集(アーカイブ

https://web.archive.org/web/20220308003708/https://www.city.kobe.lg.jp/a31812/business/20220203140301.html


ちなみに、東京都世田谷区の基本約款には、知的財産権の移転の項目はありません。
そのため私は、東京では著作権譲渡なしで契約がされているんだと、思いこんでいました。(ちなみに渋谷区の基本約款にもないです)

https://www.city.setagaya.lg.jp/mokuji/kusei/009/004/d00123227_d/fil/itaku20200401.pdf

www.city.setagaya.lg.jp
本件を知り、まさか東京でこんなことが と、非常に驚愕しました。
今後、適切な契約がされるよう、願っております。
また、この問題について、注視していきたいと思います。