TOMOKO OOSUKI

イラストレーター オオスキトモコのブログです。

「世田谷区史編さん問題」から考える、地方自治体とフリーランス間の契約問題

「世田谷区史編さん問題」とは?

通称「世田谷区史編さん問題」(世田谷区史編纂問題、せたがやくしへんさんもんだい)というものがあります。
私は2022年秋に、この問題を知り、まとめを作りました。

petitmatch.hatenablog.com
これは、かなりザックリ説明すると、以下のような事件です。


1・世田谷区が歴史研究者、谷口雄太氏(青山学院大学准教授)に、区史の編纂(調査〜執筆)までを依頼した。
最初の契約は2017年6月からで、当初は「(調査〜執筆)まで、全部で」の期間を前提とした契約だったが、2022年に1年単位の契約へと契約形態が変更された。

2・2022年秋、調査が終わった時点で、世田谷区が著作権譲渡&著作者人格権不行使の入った契約書を突然提示した。
谷口氏が拒否したところ、2023年3月末で契約が終了した。


現在、谷口氏は、出版ネッツフリーランス労働組合)に入っており、労働組合としての集団交渉と、東京都労働委員会に不当労働行為救済の申し立てを行い、現在東京都労働委員会による調査が行われているようです。

setagayakushi-chosakuken.hatenablog.com
また、「世田谷区史のあり方について考える区民の会」が結成され、こちらの会から区への働きかけも行われているようです。

setagayakushi-chosakuken.hatenablog.com

世田谷区×フリーランスのトラブルはこの件だけではない

ちなみに世田谷区が起こしたフリーランス絡みのトラブルは、世田谷区史編さん問題だけではありません。

2018年、世田谷区から仕事を請け負った漫画家の山本さほさんが、区の担当者に横暴な対応を受けたという事件がありました。下記のような事件です。

世田谷区と仕事をした際、区役所側のミスで会場のダブルブッキングがあったにもかかわらず、会場キャンセル料をなぜか「(山本さんへの)謝礼から差し引く」と言われた

nlab.itmedia.co.jp

togetter.com

www.itmedia.co.jp

www.j-cast.com

nlab.itmedia.co.jp

news.livedoor.com
これは山本さほさんがSNSで拡散し、当然炎上して、炎上によって区が問題を認識したことで解決したようです。
しかし、これが山本さほさんでなく、マンガが炎上しなければ、どうなっていたのでしょうか?

地方自治体×フリーランスのトラブルは世田谷区だけの話ではない

昨年、漫画家の近藤ようこさんが、仕事を依頼された自治体から突然、無償での著作権譲渡&無断改変を可能にする契約を求められたという事件がありました。
また、契約書には、氏名表示についても不可解な条件が記載されていたようです。

 

togetter.com

note.com

自分の身に起きたらどうする?調べてみました

これらの件を見ていて、実際に自分自身が、世田谷区に限らず、地方自治体の仕事をする際に、山本さほさんの被害のような突然の減額、谷口氏が受けたような著作権等の権利の一方的な取り扱いや、ハラスメント行為、近藤ようこさんがされたような、契約条件の後出しを受けた場合、どのように対応すれば良いのか?
と不安になりました。
どのような対処法があるのか、調べてみました。

【調査1】労働組合としての集団交渉、労働委員会に不当労働行為救済の申し立てをすることは有効なのか?

谷口氏は、「出版ネッツ」(ユニオン出版ネットワーク)という労働組合に所属しています。

union-nets.org
出版ネッツが世田谷区に請求している救済の内容は、以下のようになっています。

〇谷口さんへの委員委嘱解除をなかったものとして扱い、2023年度以降も委嘱を継続すること
〇委員の委嘱、著作権の取り扱いを議題とする団体交渉に応じること ほか

setagayakushi-chosakuken.hatenablog.com

(私の疑問)谷口氏が労働組合上の「労働者」として認められた場合、谷口氏の著作権はどうなるのか?
フリーランスの場合、著作権を自分に持ったままでも、労働組合上の「労働者」となり、不当労働行為救済が認められる可能性があるのか。

(1-1)まず、フリーランス・トラブル110番に聞いてみた

freelance110.jp

フリーランス・トラブル110番の回答〉
著作権の取扱いを決めるのは、当事者間に契約がある場合はその契約内容と、著作権法によって決まります。
労組法は、著作権の帰属だったり、著作者人格権の不行使特約の有効性について判断する法律ではありません。

本件で労組法の労働者であると認められた場合は、本件でいえば、編纂委員の委嘱打切りをしたことについて、団体交渉によって話し合いをしなさいということが決まるまでです。

また、この場合であっても、労働組合の言う通りに、委嘱を打ち切ったことは不当であるということまで認定するものではありません。
あくまで、労働組合と団体交渉によって話し合いをしなさいという点が認められるまでです。

(1-2)なんだか納得いかなかったので、東京都労働委員会に直接聞いてみた

著作権の扱いについては理解したのですが、しかし、フリーランス・トラブル110番の回答が正しければ、出版ネッツが求める「谷口さんへの委員委嘱解除をなかったものとして扱い、2023年度以降も委嘱を継続すること」というのは、救済内容として認められない内容のように思いました。

そこで、東京都労働委員会に、「フリーランス・トラブル110番からこのような説明をされたが、これは本当か?」と、直接聞いてみました。

www.toroui.metro.tokyo.lg.jp

〈東京都労働委員会の回答〉フリーランス・トラブル110番の回答は、その通りです。
「組合員であること、組合活動を理由とした不利益取り扱い」として契約を打ち切ったということが立証されれば、契約の回復(オオスキ注:つまり、出版ネッツの主張通りの、契約打ち切りをなかったものとして扱うこと)までできる可能性もある。しかし、あくまで「立証されれば」です。

しかも、契約が回復できたとしても、契約条件、契約関係については任意のやり取りであるため、あくまで「労働組合と団体交渉によって話し合いをしなさいという点が認められるまで」というのは正しいです。

(結論)

私の個人的な印象ですが、世田谷区の今までの対応を見る限り、仮に契約が回復され、話し合いをしたとて、結局は一方的条件を押し付けられるだけなのでは?という気がして、あまり状況の改善が期待できる感じはしません。

また労働組合を通じて労働委員会での救済を目指すというのは、時間がかかりすぎるように思います。
東京都労働委員会の場合、「審査の期間の目標と達成状況の公表」を見るかぎり、審査の期間の目標が「原則として1年6か月とする。」とあり、トラブル解決の方法としては、あまりに時間がかかりすぎなのではないでしょうか。

www.toroui.metro.tokyo.lg.jp

下記が審査の流れが書いてあります。

www.toroui.metro.tokyo.lg.jp

ただ、「フリーランスにひどいことすると、労働委員会に不当労働行為救済の申し立てされて、面倒くさいし、悪事が広まるぞ!」という、今後の世田谷区による悪事の予防としては有効な印象はあります。

また、東京都労働委員会が交付した命令等(棄却・一部救済・全部救済)は、命令まで至った事件に関しては、必ずホームページで公開され、中央労働委員会のデータベースにも掲載されるそうです。
ただ、和解になったら載らないし、公開自体がないそうです。(当段落は2024/4/1に追記)

www.toroui.metro.tokyo.lg.jp

www.mhlw.go.jp

【調査2】地方自治体とフリーランス間の取引に関する法律はないのか?

民間企業相手の場合には、独占禁止法・下請法・フリーランス新法が適用になります。
下請法・フリーランス新法では、取引の際に義務規定や禁止規定があります。

www.kottolaw.com

www.jftc.go.jp
フリーランス新法は秋からですが、施行を待たずとも、現状の法律でも、
著作権等の権利の一方的な取り扱いは独占禁止法・下請法違反となる可能性があります。

フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン(概要版)より

フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン(概要版)より

フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン(概要版)

https://www.mhlw.go.jp/content/000766340.pdf


ですので民間相手の場合は、世田谷区や、近藤ようこさんに仕事を依頼した自治体のような契約をしようとすると、違法となる可能性が高いです。

しかし、以前、「相手が地方自治体の場合、独占禁止法・下請法・フリーランス新法は対象にならない」と、公取委の方に教えて頂いたことがあります。

地方自治体とフリーランス間の取引に関する法律は、存在しないのでしょうか?
一体誰に聞いたらいいのか、よくわからなかったので、ダメ元でフリーランス・トラブル110番に聞いてみました。

(2-1)まず、フリーランス・トラブル110番に聞いてみた

freelance110.jp

Q:「相手が地方自治体の場合、独占禁止法・下請法・フリーランス新法は対象にならない」と、公取委の方に教えて頂いたことがあります。
そうなると、地方自治体が、民間レベルでは下請法違反行為となりえる著作権の無償譲渡の強制など、受注者に不利益な条件を一方的に押し付けることや、地方自治体職員がハラスメントを行ってきても、違法性がないということになりますか?
地方自治体との仕事で、実際に何らかの被害にあった場合、どのように対処したら良いのでしょうか?

フリーランス・トラブル110番の回答〉「政府契約の支払遅延防止等に関する法律」があるはずだけど、詳しくは改めて公正取引委員会に聞いてみてください。

(2-2)公正取引委員会に聞いてみた

www.jftc.go.jp
公取委に質問したところ、地方自治体と直接契約の場合は、「事業活動」に該当しない仕事の場合は、独占禁止法・下請法・フリーランス新法の適用がないと説明されました。

公取委の定義では、「反復継続して業として税金以外の収入があること=事業活動」ということです。逆に言えば「事業活動」であると公取委が認めれば、独占禁止法・下請法・フリーランス新法が適用になるということです。
*「最高裁の判決(芝浦の事件、玄田事件、お年玉付年賀はがき事件)に、事業とは何かを示している。」とのこと。

そこで、再度、下記のように質問しました。

Q:地方自治体から、事業活動に該当しない仕事を受注し、突然の減額や、十分な協議なく一方的に無償で著作権譲渡をさせるなど、下請法などで不当な経済上の利益の提供要請に該当するような行為を受けた場合は、どのように対応すれば良いのか?

公取委の回答〉「政府契約の支払遅延防止等に関する法律」が適用される可能性がある。具体的には、財務省に問い合わせを。

elaws.e-gov.go.jp

(2-3)財務省に聞いてみた

www.mof.go.jp

財務省の回答〉「政府契約の支払遅延防止等に関する法律」は、地方自治体にも適用される。しかし、この法律はあくまでお金周りの法律である。
その他の条件は、地方自治法になるので、総務省に聞いたほうが良い。

*電話に出た人は「一般的には下請法に準ずる形で契約するはずなので、そんな事はありえないと思うんですが…そんなことがあるんですか?」と言っていた。

(2-4)総務省に聞いてみた

www.soumu.go.jp

総務省の回答〉地方自治法には、該当するものがない。
個人と地方自治体が直接契約をする際の法律はない。地方自治体と直接話し合いをするしかない。
そういった際にどうすればいいかというのは回答しかねる。

たらい回しの結果、「個人と地方自治体が直接契約をする際の法律はない」ということがわかりました。そして救済策は「回答しかねる」ということでした。
「ここは苦情窓口じゃない」など、かなり冷たい印象を受ける回答でした。

(2-5)再び、公正取引委員会に聞いてみた

電話に出た財務省の方がポロリとつぶやいた、
「一般的には下請法に準ずる形で契約するはずなので、そんな事はありえないと思うんですが…そんなことがあるんですか?」
という言葉が気になり、この点について、念のため公正取引委員会に再度電話してみました。

www.jftc.go.jp

公取委・下請法相談窓口の回答〉
地方自治体は一般的に下請法に準ずる形で契約する」ということはない。
自治体ごとの条例・契約約款による。
下請法を「参考にしてる」可能性はある。

公取委の下請法相談窓口の方は、とても良い方でした。

財務省の方の発言はおかしい。そんなこと聞かれても困ってしまいますよね。公取委にお電話いただいたのは正解です。」
と褒めてくれた上に、私の最初の疑問

Q:地方自治体から、事業活動に該当しない仕事を受注し、突然の減額や、十分な協議なく一方的に無償で著作権譲渡をさせるなど、下請法などで不当な経済上の利益の提供要請に該当するような行為を受けた場合は、どのように対応すれば良いのか?

ということに対して、「これは個人的に考える一案であって、公正取引委員会としての回答とはしないでいただきたいのですが…」と前置きしたうえで、下記のことを教えてくださいました。

公正取引委員会の方が個人として考える、一案と意見★

問題がおきた場合には、自治体の会計や、契約窓口(会社で言うところの法務・会計の担当)に問い合わせてみては?
公務員は法律に従って仕事しているので、仮に事後の減額が行われた場合、会計担当が減額の理由を説明する必要があるはずです。税金を使う仕事だからです。
「何の法律や条例を根拠にして、その行為が行われたのか」の「説明を求める」と良いのでは。

たしかに総務省の方の言う通り、本来的には担当者と話し合うべきではあるが、揉めてしまって適切な対応がされない状態の場合、直接の担当者とは、やり取りしないほうがいいのでは?
特にお金関係の場合は、会計担当に聞くと良いのでは。

いずれにせよ、地方自治体の仕事は、法律で守られないので、仕事をするときには、民間の仕事以上に契約条件には気をつけたほうが良いでしょう。


世田谷区の場合は財務部 経理課 契約係 という部署があるようです。

www.city.setagaya.lg.jp

私が今住んでいる神戸市にも、行財政局  契約監理課 という部署がありました。

www.city.kobe.lg.jp

【総合的な結論】

地方自治体の仕事は、法律で守られないので、仕事をするときには、民間の仕事以上に契約条件には気をつける。

・依頼された時点で、契約条件は民間案件以上にしっかりと確認し、ヤバそうな場合には仕事を引き受けない。

・問題が起き、こじれた場合には、直接の担当者とはやり取りしない。「会計担当」に説明を求めてみる。

最近読んだ「クリエイター六法」にも記載がありましたが、フリーランスの契約においては、直接フリーランス新法や下請法が守ってくれるわけではないので、自衛が重要とありました。

petitmatch.hatenablog.com
法律があってもそうなので、ない場合は、余計気をつけなければならないでしょう。

イラストレーターの場合は、制作会社などから仕事が来ることがほとんどで、
自治体との直接契約というのはほぼないと思うので、心配する機会も少ないかもしれませんが…
山本さほさんのような直接契約で、ワークショップ講師のお仕事もある可能性もありますので、念には念を入れて、トラブル予防に努めたいと思いました。

国に意見を伝えるのも大事

おそらく今後、フリーランス新法に対するパブリックコメントが募集されると思います。
その際に、
地方自治体と直接契約の場合は、『事業活動』に該当しない仕事の場合は、独占禁止法・下請法・フリーランス新法の適用がない。そのため世田谷区などで実際にフリーランスとの仕事において、トラブルが続出している。(世田谷区史編纂問題など)フリーランス新法の適用範囲を、地方自治体等にも拡大してほしい。」
という意見を書こうと思っています。
上記の意見は公取委には直接伝えましたが、パブリックコメントでも書きたいと思います。

(2024/4/13)フリーランス新法のパブリックコメントが開始されました。

public-comment.e-gov.go.jp