TOMOKO OOSUKI

イラストレーター オオスキトモコのブログです。

「クリエイターのための権利の本」は他の本と合わせて読んだほうがいい

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■一言で言えば「『web制作会社の人』が怒られないための本」

少し前に話題になっていた本で、「クリエイターのための権利の本」(ボーンデジタル)という本がありました。

私も読んでみたのですが…全体に情報も新鮮で、よい本なのですが、 かなり守りの法務の本というか、「怒られないための本」という印象でした。

一言で言うと「『web制作会社の人』がクライアントに怒られない、知識がないクライアントのせいで訴えられないための知識の本」って感じで、かなり守りの法務だなと思いました。

■イラストの契約書としては違和感が強い

巻末にイラストの契約書見本が入っていますが、著作権使用許諾(著作物利用許諾)ではなく制作業務委託のものでした。
通常は書籍のイラストでは、制作業務委託の契約にすることは、ほぼないと思います。
少なくとも私は2004年から15年仕事していますが、全く経験がありません。

著者の方は、キャリアは長そうですが、web業界がメインの方で、出版業界では普通の大手・中堅出版社で仕事したことがない方なのかな?と思いました。
編集プロダクション経由のお仕事とかだと、こういった圧倒的にイラストレーターに不利な契約書を作らされることがあると、聞いたことはあるのですが、私は経験ないです。

あと出版業界では一般的に、通常、こんなに気軽に著作権譲渡はしないので、著作権譲渡が前提になっているのも大変驚き、疑問に感じました。
webの人って、こんなにクリエイター不利な契約で仕事してるの?!契約書も意外とグタグダ?!と驚きました。

「クリエイターのための権利の本」の「イラスト制作業務委託契約書」にはデフォルトで「クライアントへの著作権の移転」「著作者人格権の不行使」が入っています。
で、なんと、「『ポートフォリオへの掲載』を入れてあるから、イラストレーターに優しい契約書になっています!エヘン」みたいな書き方してるんですよ!!
出版業界がメインクライアントの私としては、非常に違和感を感じざるを得ない内容でした。

契約書サンプルの中には、使用許諾と著作権譲渡の両方のサンプルが入っていました。しかしいずれにしても、果たしてそもそも、イラストレーターの仕事に「業務委託契約」は適切なのか?という疑問は残ります…*1


少なくとも私は15年イラストの仕事していて、こんな不利な契約書は結ばされたことはないですし、前提条件として、「業務に不要な契約書は結ぶべきではない」「自分の行動が制約されるようなことはなるべく拒否すべき」という考え方を持っています。
大抵の仕事に関しては、著作権使用許諾(著作物利用許諾)の契約書で十分なのではないかという認識です。

■弁護士以外の法律家の方は、この本を読んで怒らないのか?

あと、少額訴訟についても、「司法書士」の説明が雑すぎると思いました。
司法書士の方は、この本を読んでカチンとこないのかな?と思っていたら、やはりこういった記事がありました。

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    他にも、些細なことかもしれませんが司法書士のことを「少額訴訟の代行業者」と表している(p.182)こともとても違和感がありますし、弁護士の監修による影響かもしれませんが、著作権の専門家として弁護士しか紹介していないことも残念です。
    弁理士知財の専門家ですし、私のような一部の行政書士も「著作権相談員」として啓蒙に尽力していることを無視しないでいただきたいです。
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note.com「クリエイターのための」とはありますが、イラストレーターの仕事に関しては、この本の内容だけでは圧倒的に「クリエイター不利」の契約になってしまいます。(WEB制作会社にとっては、とても有利)

 

■他の本も合わせて読んだほうがいい

イラストレーターの仕事や権利について知りたい方は、東京イラストレーターズ・ソサエティ「Q&Aでわかる! イラストレーターのビジネス知識」や、 グラフィック社編集部・竹永 絵里「イラストレーターの仕事がわかる本」も合わせて読まれることを、強くおすすめします。

特に「Q&Aでわかる! イラストレーターのビジネス知識」に関しては、イラストレーターに有利な法解釈で書かれている本で、一度は目を通しておいたほうがいいと思います。もともと「イラストレーション」誌の連載(対談形式)をまとめた本なので、非常に情報の検索性は低く、権利ビジネスの本としては読み辛い本ですが、ひとくちにイラストの仕事といっても、絵本業界と一般書では商習慣が違うなど、ポロポロと興味深い事が書いてあって、面白いです。

ボロクソ書いてしまいましたが、「クリエイターのための権利の本」はクリエイターの方には高評価の本のようなので、こういったカウンター記事も1本くらいあってもいいのでは?と思い書いてみました。

個人的には、残念な印象がかなり強い本ではありますが、著作権法だけでなく下請法への言及もあり、「権利や法律については何も知らない。クリエイターに関係する権利について、一通りザックリ知っておきたい」という方には、おすすめの書籍です。

【2022/5/27追記】私が実際に使っている「確認書」(著作権使用許諾の契約書)を説明する記事を作りました。イラストレーターの場合、この本に載ってる契約書を利用すると、「かなり不利」な契約になりますので、よかったら私のを参考にしてください。

petitmatch.hatenablog.com

【2023/9/3追記】改めて読み返してみての感想

この本、2019年に初めて読んだときには、契約書見本の不備にかなり目が行ってしまい、「こんな酷い契約書出してくる会社、どんだけブラックなんだ…この人たち、普段どんだけ悪い条件で働かされてるの??大丈夫??」くらいに思っていたのですが…
先日、久々に初めから読み返してみたら、
「WEB制作メインの仕事・地方でお仕事している方向けには、この本、いいかもなあ」と思い直しました。
WEB制作において、かなり広い範囲の「疑問」に対する答えが書かれているからです。
この勉強会のときに来た質問と、結構かぶってることが書いてあるなと思いました。

petitmatch.hatenablog.comこの勉強会は、駆け出しWEBデザイナーさんが多かったので、この本勧めればよかったな(いまさら)

また、私は神戸に住んで初めて知ったのですが、地方自治体の仕事は「権利全譲渡」が前提となっていることが多いようです。
交渉するにしても、この本や下記の記事にあるように、せめてポートフォリオへの掲載はさせてほしい、せめて著作者人格権不行使はなしで…
というところからスタートするようです。

sendai-c3.jp

imoto-webdesign.com
正直ひどいなーと思いますが、地方自治体の契約は、下請法・独占禁止法が基本的に適用されません。

petitmatch.hatenablog.com

地方は東京と比較すると本当に企業や人口自体が少ないことから、仕事の件数自体も少ないです。自治体の仕事をやらないと暮らしていけない、または人間関係が狭いから波風立てたくない、という方も多いと思います。

というわけで、この本は「WEB制作をしている人」が「本当に最低限の基礎知識」を身につけたり、地方のWEBデザイナーさんが「地方の現実」に即して仕事をするには、良い本なのかなと、今は思っています。

 


*1:
【2023/8/12追記】イラストレーターの仕事でも「業務委託契約」の契約書は増えてきています。おそらく書籍以外の仕事で著作権譲渡をする場合も想定して、このような記載の契約書サンプルにしたのだと思いますが、しかし「書籍の仕事」で著作権譲渡&著作者人格権不行使の契約をすることは、まずありえません。また、著作権譲渡費用なしで著作権譲渡を行うと、下請法または独占禁止法違反になる可能性が高いように思います。改めて読んでみても、契約書サンプルとしては、あまり良くないサンプルだなと感じました。